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ムシバナシの雑記帳

日々雑感あれこれです 日課は踏台昇降と読書少々、朝のしらすご飯と焼海苔

『増補 光州事件で読む現代韓国』真鍋祐子  

タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』の映画レビューサイトで、紹介されていた本。実はもう一冊、別著者による物語仕立ての本も読もうとしたが、そちらは挫折した。

この本も、ちょっと難しかったのでざざざっと目を通した感じ。時間をかけたのにざざざ。
その時日本ではどのように報道していたのか、は図書館の新聞データベースで少しだが調べた。しかしなぜ光州だったのか?がやはりわからなかったので引き続き。
※全羅道(チョルラド)=光州市含む行政区分。〇〇道、は日本の〇〇県にあたるのかな?

●なぜ光州か?そして光州事件勃発のきっかけは
①全羅道は経済発展から取り残され、冷遇政策からくる貧困と鬱憤があった。
 →1961年以降、歴代政権はどれも慶尚道(キョンサンド)出身者たちが握っていた。
②事件直前の光州の学生たちによる“たいまつデモ”は市民らの共感をよび、学生と市民が一体化した。
 →光州以外の地域では市民の呼応が得られないなどの要因により学生デモが中断された。
③そもそも、全羅道には「抵抗の伝統」が根ざしている。例えば甲午農民運動(1894年)や光州学生運動(1929年)など。
金大中釈放を求め、人びとが血を熱くして抗争に参加していった。
 →全斗煥(チョン・ドファン)将軍が逮捕した金大中(キム・デジュン、民主化運動家で後の大統領)は全羅道出身。

一周忌に遺族たちによって行われた哀悼の儀礼が、後に学生や労働者などの運動家たちにとっての重要な行事、光州巡礼へとつながった。
「現地の人と直接会って現実を受けいれることが巡礼の目的であり、死者の崇拝や偶像化が目的なのではない。歴史の発展のため、われわれはこれからどうすればよいのか、考えてみる機会になった」という巡礼に参加した若者の言葉を心に刻みたい。

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